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2019.1.10 「ボツワナに対するもやもや」を加筆修正しました

帰国して1年半

2017年7月5日に任期を終えてボツワナから日本に帰国して、1年半。帰国して初めてまるっと1年を日本で過ごしました。この1年を振り返り心境やボツワナについての考え方など改めて考えたことを記録します。


帰国後の状況・活動

現職参加でしたので、そのまま現職に復帰しています。仕事内容もほぼ変わらずインフラ系のエンジニアですが、世の中がクラウドにシフトしていてインフラ屋さんもコードを書く時代になりつつあり、その技術の追従に忙しくしております。ま、基本がわかっていれば追従はさほど難しくないですし、KubernetesDockerといったコンテナ化の技術が進歩していてこれはこれで楽しく仕事をしています。残念ながら海外とのつながりが現状ではありませんが、これは企画次第なので徐々に広げていく予定です。

仕事以外の活動ですが、JICA関係の報告会や出前講座、イベントを行っています。仕事が平日ですので土日祝や時間外が主な活動時間です。決まっているこれからの予定も入れてこれまでに次のものを行いました。

  • 自社:青年海外協力隊体験談
  • 出前講座:高校生240名対象にボツワナ体験談
  • JICA帰国報告会
  • 出前講座:キッザニアでのジュニアチャレンジジャパンでの公演
  • 個人: イベント「食べ聞く。踊れ!アッフリカ」
  • 出前講座:中学生25名に体験談(予定)

今後もぼちぼちペースでやっていきたいと思ってます。できるだけアフリカの若者の今、あるいは開発途上国の若者の今をお伝えするというテーマにしたいと思っています。私の体験は年々古びていくでしょうからなんとか新しい帰国隊員を取り込んで行けたらなと考えています。


青年海外協力隊に参加してよかったか

これは、良かったと思えることもあり、参加しなければよかった、と思うこともありますが、総じて考えると良かった。に針が傾く感じです。


良かった

  • 開発途上国での仕事経験
    JICAボランティアはボランティアなので成果を求められませんので仕事ではないのかもしれませんが、2年間、ボツワナ人と協働した経験は良かったでしょう。仕事ではなかなかやりにくいような次のようなことができます。

自分で一から十まですべての段取りを行って物事を進める。
この過程で最も難しいのはボツワナ人とのやり取りです。日本人でも難しいのに異文化相手だともっとですよね。投げ出したものもありますが、代りに別の企画を立てて進められるのがこの仕事の良いところです。

損益を気にする必要がない
協力隊の仕事の目標として損益が絡んでくるもの(売上など)は気にする必要がありますが、ボランティア自身の生活費は守られているので、いい意味で気楽に行えます。無責任な気楽ではなくて目先の損益を気にすることなく大胆な選択をしやすいという意味の気楽に考えるべきですが。

  • 英語力の向上
    もともとそんなに英語ができないわけではなかったですが、TOEICは800ギリギリない感じ。2年経ってから少しフォローアップ的に勉強して875点まで上がりました。ヒアリングはほぼ満点です。ビジネス上でペラペラ話すには実は心もとない気がするのですが、これは慣れの問題かなという自信が付きました。

  • 多くの人に出会えた
    ボツワナで日本人は80名前後しかいませんので、日本人は大変珍しがられます。中国人と間違われますがボツワナの中国ヘイトはあまりない(ひどい差別とかあんまりない。)こともあって、皆フレンドリーです。人口も少ないので積極的に交流を続けることで、ボツワナ全国津々浦々で「んぽー!」と声がかかり、ちょっとした有名人気分になれました。ボツワナ人だけではなく、180名以上いる同期隊員、もっといる先輩後輩隊員、JICA関係者などなど、多くの日本人にも出会うことができました。

  • かけがえのない人に出会えた
    人生でそう無いような出会いもありました。これは仕事をしていては出会えないような様々な人達に出会えた事がつながったでしょう。

  • 人件費補填制度を利用して有給の現職参加で行けた
    これは、タイミングの問題ですが、私の場合40手前、家族ありでしたのでボランティアといえど家族の生活のための収入を確保しての参加が必須でした。選択肢としては40超えてシニア枠にする(シニア枠は家族同伴に加えて現地生活費も良い)か、この人件費補填制度を使って給与の8割をJICAが所属会社に補填しつつボランティア人材を確保する制度を利用するかの二択でした。シニア枠は案件が少なく、40から69歳までということで、経験としては40はペーペー。選考に残るかどうか心配というのもあり、人件費補填の資料を読み込み、会社にプレゼンをして行かせてもらうことができました。青年枠は2年で1回の家族呼び寄せと、1回の帰国が許されているだけで離れ離れですので本当に良かったのかなと考えることも多かったです。

ですが、なんと2018年にJICAの制度見直しが入って「人件費補填制度は廃止」「シニアボランティアの家族随伴の廃止」「シニアボランティア待遇の廃止」となってしまいました。シニア案件で経験者手当が別途つくとありますが、家族随伴も手当も無いのでは私のような人の参加は参加しずらくなるでしょう。


悪かった

  • 中途半端な2年というサイクル
    2年というサイクルで、1年目に雰囲気ややり方を掴んで、2年目に1年目の反省を生かした活動をと考えるのが普通だと思います。

しかし派遣のタイミングというのは必ずしも、派遣先の組織の年度初めではないのです。

私の場合、ボツワナの短期大学は1月から始まりますが派遣は7月でした。年度の途中から入っては1年の通しの行事の感覚がつかめないと思います。生徒がいつから入ってきて、いつ卒業していくのかもわからないまま1年が終わりました。もっとも、このあたりのスケジュール感はボツワナ人に聞いてもはっきりしないのでJICAが派遣時期を案件のちょうどいい塩梅の頃合いに派遣なんて絶対ムリなんですけどね。

でも、これが3年あれば、2年目までにサイクルがつかめて3年目でラストスパート次に繋げられる!ように思います。ただ、皆が言うように3年後だと日本で復帰するときに追いつくのが大変かもしれません。

  • 出会いがあれば別れが待っている
    私を知る人には意外と思われるかもしれませんが、人付き合いがものすごく苦手です。正確には苦手意識があるのかもしれません。何が嫌かって、出逢えば別れが来るし、人に期待すれば期待が外れることもあるからです。それは、ボツワナに限ったことではなく仕事でも部下や同僚に対して、プライベートでもなんでもです。自分が思い入れができればできるほど、期待しては外れて落ち込んでしまい疲れてしまう。ボツワナで2年間ずっと期待しては外れの繰り返しだったので少しは慣れたかと思いたいですがなかなか難しいものです。

  • 帰国後のギャップ
    これは、逆カルチャーショックと言われるものでしょうけど、ボツワナで毎日誰かに「んぽー!」と声をかけられ、外に行けば知り合いを見つけて挨拶をする、そういう心地いいコミュニケーションが日本に帰ってきてから少なくなったのがストレス・・・・だったか、違和感だったかわかりませんが、帰国後の違和感。たぶん、人が多いけれども知り合いがいないので、変な緊張感がある途上国では人混みで知らない人ばかりだと危険を意識して行動するからですかね。次に、耳にする言葉、目に入る言葉がほぼ理解できるので情報過多で脳がついていかない。勝手な推論ですがボツワナでは看板があんまりないですし、ツワナ語だったり英語だったりです。必要ないことはちょっと気を抜けば頭に入らないし、必要な場合は真剣に読まないと理解が遅れるという感じだったのでしょう。日本では目に入ったら一瞬で理解できるし、真剣に読まなくてもいいというオンオフができず、しんどかったのだと思います。慣れってすごいね。


ボツワナに対するモヤモヤ

ボツワナ人は真面目で人が良くて、フレンドリーです。この考えは変わりませんし好きです。私が「これやりたい」といえば「良いね!素晴らしい!」と肯定してくれます。少しツワナ語を話せば「すげーーー!なんて流暢な!」と褒めてくれる。少し失敗しても「良いよ、なんとかなるさ!(はほなまたーた)」と言って許してくれる。少し熱くなって人とやりやってしまっても誰かが入ってきて話し合いで相殺して和やかに終わらせてくれる。

白黒キッチリ、自分に厳しくやり遂げて当たり前、計画をしっかり立てて事前に段取りをしておく日本とは打って変わってのケセラセラ。それでなんとかなってしまう。んー。良いのか悪いか少し羨ましいような気がしていましたが、どこかモヤモヤずっとしていました。ボツワナ人は好きだけど。

これはですね、ボツワナ全部がこの調子なのでありがちな自分だけしっかりしてもしょうがない感もあるし、なにより自分が成し遂げられないことの言い訳で、その結果相手が許してくれるのが当然という考え方があるからではなかろうかと思います。赦しのキリスト教という背景もあるでしょう。

  • 自分がやりたいことをする。結果相手を傷つけたり損害を与えても話せば許される

もちろん、そうではない人も多いですし、このように恣意的に考えて動いていない人がほとんどです。意図的にやってたらそれは一部の悪い人です。

任期中なんどか、何かを注意することがありましたが、相手は「知らなかったんだ。ごめんよ」と素直に認めて誤っているのです。ただ、私が腹に据えかねてしばらく黙っていると、*「誤ってるやろ、許せよ。な?(アケレ)」*と、許しの強要と捉えられる言い方をしてくることが何度かありました。無論、言葉の違いで捉え方が違うのかもしれませんが、まるでforgiveを言わない私が悪いみたいな気分になったし、相手がいての自分なのでもう少しこちらのことも考えてくれよ!と思うことも多々。

これは、自分の気持中心で相手のことを全く考えない、欲の赴くままに突き進み、責められれば誰かを間に入れて許してもらう社会全体のことなので、個人が頑張っても仕方がないと思ってしまいます。その結果、仕事がまとまって進まず停滞するし、性欲の赴くままにマルチリレーションしてHIV感染率がワースト2位まで落ちていったのだと思います。

というと大分悪い感じですが、こういう心もあると思います

  • 相手がやりたいと思うことをすべてやらせてあげよう。結果困っても問題ないさ

こういうふうに、「問題ないさ!」と気持ちを落ち着かせられるのは、いろいろなことに未練たらたら煩悩の塊の私には無い(笑)いいなぁ〜と思います。

小さじ一杯程度この考え方を取り入れられたらもう少し幸せになれるかもしれません。年をとると変わることができないのはボツ人も私も一緒なので、こういうことは、若い世代から徐々にとてつもなく長い年月をかけて考え方が変わってくるものでしょう。実際変わりつつあるなと思うこともあったので、最悪とは思いませんし、ボツワナやボツワナ人が好きなのも変わりません。変われない大人から見ると少しさびしい ところもありますが。


人か環境か

上にぐだぐだと書いてしまいましたが、実はボツワナ人だって日本に住んでいるボツワナ人はボツワナ人らしくないです。時間も守りますし約束も守る傾向にある。「行くね」と言って「行けないかも」と連絡をくれ、それでもやっぱり来てくれたり。逆に協力隊帰りのOBの方が、途上国ナイズされてしまって遅刻したり・・・・ということもありましょう。

良いなと思う考え方を取り入れつつ。*それはどうなん?と思うところはどうなん?*と思ったまま、楽な方へ流れすぎず成長していきたいものですね。人は簡単には変わらないなーと思う自分自身もあんまり変わらなかった2年・・・だったのかもしれませんね。とはいえ、常に前進して進歩していきたいという意欲も変わっていないので大丈夫です!たぶん。

おしまい。

帰国して1年半経過したンポの独り言でした。このブログ誰か読んでる人いるのかなぁ。ご意見はAsk Mphoまでよろしく。

写真は2018年12月に主催した「食べ聞く。踊れ!アッフリカ」イベントの様子。